こちらから

「こちらから」

こちらから あたまをさげる
こちらから あいさつをする
こちらから 手をあわせる
こちらから 詫びる
こちらから 声をかける
すべてこちらからすれば
争いもなくなごやかにゆく

、、、(つづきあり)

これは、先日、手にした箴言だ。
私にもこの箴言に従った行動で、得心した出来事がある。

仝庁舎に勤務していたころだから、もう10年近く前だ。
朝は9時ごろにバスを降りての出勤だから、もう人の通りはほとんどない時間帯に郵便局前に到着する。
外部委託の警備員さんが駐車場の整理をしている。顔を覚えて挨拶してもよさそうなものだが、一向に挨拶がない。
 ある時、家内にそのことを話したら、曰く、「そりゃ、あんたから挨拶をすればいいじゃない。何で相手からの挨拶を待つんか?それこそ、上から目線だ」。
なるほど、と思い実行した。
ものの3〜4日も経たず、相手から挨拶があるようになった。

∪萋、会議で出かけたビルでのこと。
会議が終わって、ある事務所の友人を訪ねた。
あいにく不在だった。
 しかし、過日開催した研修会とその後の懇親会で関係が深まったその事務所の某氏が私をめざとく見つけて応接に案内してくれた。
彼と雑談すること約30分。仕事上の知己であったがよくは知らなかった“彼の氏の人となり”を知っただけではなく、業務上のヒントの収穫を得た。
 会議で行ったついでに、”現場主義、前傾姿勢”で、そのビルにある別の事務所に飛び込んだことによって収穫を得た訳だ。

他の財団に呼びかけ合同開催した研修会・懇親会とこの寄り道は、「こちらから声をかける」に当たるケースだ。

I徂悗欧鵑の後を引く気まずい時間は既婚者の大方が経験することだ。
悔しいが、こちらから頭を下げることで幾多の危機も乗り越えた。
 夫婦関係に限らない。やや疎遠になった友人も「こちらから声をかける」ことでわだかまりが解消したり、誤解が解けたり、縒り(より)が戻る経験を幾度となくしてきた。
これは“人のネットワークのメンテナンス”の一つでもある。
(「縒り=より」は男女関係に使うことが一般的 もちろん承知で使用 えへへへ、、、)

い泙燭泙拭峅汎瞼く」だが、「お礼と“ことわり(謝罪)”は早いがいい」と、お礼の電話をやや渋っている時に重いけつをたたかれる。
「こちらから」は優柔不断なふるまいの対極にあって、前傾姿勢とも符合する。
(かといって、決して私は断じて恐妻家ではない。絶滅危惧種の亭主関白の残党だ)

くだん(件)の箴言の末尾には
「仏さまへも こちらから近づいてゆこう  どんなにか喜ばれることだろう」
とある。(作者 仏教家詩人 坂村真民   1909〜2006年 )

これを、私へのメッセージと読めば、「おまえが早く仏になれば(皆から)どんなにか喜ばれることだろう」と読める。
これを読む大方の皆さんの総意もそこにある?(ユーモアのつもりだ)


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