技能・技術に敬服・感謝

 「終の棲家」を現在の拙宅と定め、ささやかな増改築を行なった。社会からリタイアしたら「日中の時間も自宅」になるので窓を大きく取りたい、客を招いても対応できる空間としたい、バリアフリーにもしておきたい、庭は防草処理をし、自然な趣きで山野草などの咲く場所も確保したい、しかし予算は極めて厳しいなど、設計施行する建築士にとっては、細々とした注文の多い、面倒なリフォームである。
 小規模とはいえ増築部の造成や基礎工事に始まり、床、壁、天井、屋根瓦などの設(しつら)え、キッチン、風呂、トイレの設置、電気・ガス・照明器機工事など一通りの手順がいる。
手間のかかる儲けにならない仕事であるのに、設計管理の建築士を筆頭に、大工さん、設備関係の技師や職人さんには汗だくで本当に一生懸命に取り組んでもらった。
 私と同年輩の大工さんの仕事は、寸分の狂いもなく、ぴたっと角を合わせる熟達した匠の技だ。別な職人さんの壁や天井貼り、床下や天井裏の配線工事、炎天下での瓦葺き、壁塗り、それをサポートする足場組みなど、どれ一つとっても敬服と感謝だ。
 世の中、「金を払うんだから契約どおり履行するのは当たり前」と、全てを契約と金で割り切る合理主義がはびこっているが、そういうものではなかろう。
 地域経済を考えると、こうした職人さんなどの地道な仕事をもっと評価した、それに陽が当たる施策を講じていかねばなるまい。職人の人手不足を聞くが、成り手(後継者)が不足なく得られる施策をしっかりやらなければ、建築しようにも頼む職人がいなくなる。
 為政者や、理論だけで経済が動くと考え、数字だけで動向分析する計量経済学者は、二、三日でも、こうした炎天下で働く若い衆を観察したらよかろう。ここには、「今の若い者は、、、」という批判がはばかられる、しっかりと地に足をつけて働いているたくましい姿がある。
 住宅リフォームから学習した第一番はこのことだ。
 二つ目は、リフォームは、それを資源の面から見ればリデュース(資源を少なく使う)かつ、リユース(資源の再利用)であることだ。「建築資材の量と、資材の製造過程で消費するエネルギーや資材の総量」を計算すると、新築と比較すれば使用する資材が少ない分、環境に対する負荷が少ない。「レジ袋縮減」の何百、何千倍かを縮減したことになろう(何、実は新築するだけの資力がないだけだ)。
 三つ目。建築は産業として、裾野の広い(産業連関の多い)分野だといわれるが、それを実感した。木材や瓦、壁紙や床材、キッチン、ユニットバスなどの様々な建築資材が、適切な数量計算と寸法の基に段取り良く搬入され、それを諸職の技師や職人さんが所定の場所にきちっと納める。いやはやその手際のよさ!
 四つ目は、その資材や職人の手配をする建築士Sさんの、オーケストラの指揮者にも似た絶妙な差配である。「仕事は段取り」というが、基礎・基本・安全を忘れない、しかも臨機応変で柔軟な仕事に接して、その言葉を思いだした。
 出雲大社大遷宮の年に、縁があってお世話になった皆さん、ありがとう。

(諒)


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