おもいやり・・ふるまい・・

3年前、大震災の後、ACジャパンの広告に宮澤章二さんの詩が頻りに使われました。(詩の原文を”コピペ”します。ゆっくりと読んでください。「コピー&ペーストなどということばは私の好みではありませんが、”時のコトバ”ですね)

「こころ」はだれにも見えないけれど
「こころづかい」は見える
「思い」は見えないけれど
「思いやり」はだれにでも見える

(コピペ)
思いやりの気持ちを持っていても、なかなか行動に移すことは難しい。しかし、その美しい気持ちは、行為になってこそ、初めて意味があるということに気づいてもらいたい。宮澤章二さんの詩「行為の意味」に込められたメッセージをきっかけにして、すべての人が持っているやさしい気持ちが、たくさんのあたたかい行為となって世の中に生まれてほしいと願いました。

行為の意味

−−−あなたの<こころ>はどんな形ですか
と ひとに聞かれても答えようがない
自分にも他人にも<こころ>は見えない
けれど ほんとうに見えないのであろうか

確かに<こころ>はだれにも見えない
けれど<こころづかい>は見えるのだ
それは 人に対する積極的な行為だから

同じように胸の中の<思い>は見えない
けれど<思いやり>はだれにでも見える
それも人に対する積極的な行為だから

あたたかい心が あたたかい行為になり
やさしい思いが やさしい行為になるとき
<心>も<思い>も 初めて美しく生きる
−−−それは 人が人として生きることだ   (コピペ終り)

(地の文)

「3・11の前と後で自分の生き方が全く変わらないというのは人間としてあまりにも鈍感すぎる」 ある島根県の高校教師の言葉です。

2つは共通し、島根県の「ふるまい向上県民運動」とも同根(根っこが同じ)です。

あらためて、人と人同士(隣人家族はもとより一期一会まで)も、地域も、国も、みなが「やさしさ」「おもいやり」「心づかい」「相手の立場で考える」ことに思いをはせる。
先日19日に開催された20社寺の「世界平和祈願祭」に参列し、この思いを強くしました。まさに「<思うだけ>ではなにも変わらない。<思いをかたちにしよう>」です。
すぐにキレたり、不平・不満・クレーム・愚痴ばかりいう暴走老人にならないことの自戒をこめて、、、


このサイトはオープンソースソフトウェアのRubyで構築されています。