共同幻想

 資料(内外教育2009年2月3日)の整理で出てきたものです。7年前のものですが、今の情況を的確に分析して述べられています。大いに賛同しました。少し長いですが読んで下さい。

「人間は一人では生きられない」(内田樹神戸女学院大学教授)

 消費社会の中でバラバラになった個人は、「私は誰にも迷惑をかけたくないし、誰からも迷惑をかけられたくない」と思うようになり、共同体ネットワークの崩壊が加速していく。なぜなら、共同体とは「人間というものは迷惑をかけたり、かけられたりするものだ」という理解で成り立っているからだ。
 (この考えは)一見まともなようだが、それは共同体のネットワークそのものを拒否する。そして、他者と共同的に、支え合って生きるためのマナーを学ぶ必要を感じていないことになる。
 だが、世界的な不況の進行の中で、人間は一人でも生きていけるという考えは、豊かな社会がつかの間見せた、幻想にすぎないことが明らかになりつつある。
 今や頼るべきネットワークを失った者は、失業や病気などで簡単に生活基盤が崩壊してしまう。共同体に代わって役割を果たすはずだった行政によるセーフティーネットワークもお粗末なままだ。(以上)


(藤原)
 氏は共同体のネットワークを復活させるためには、まず公共心がポイントで、例えばその第一歩は大人が身の周りのごみを拾おうと呼びかける。
 引用が内外教育の書評からの孫引きだから、提案の部分が尻切れの観があるが、私のことばに翻訳すれば、「ふるまい向上(あいさつ、作法、他者をいたわる心など)」や「地域信仰」を契機とした地域社会のふれあいやコミュニティの復活であろう。
 若者の、地方や農業・農山村・離島志向はその内面ではこうした共同体の崩壊に対する危惧・拒否があるのかもしれない。そうであって欲しいし、そうであればこれは本物だともいえる。
 中村桂子さん(生科学者)が講演の時に図表で示した「20世紀のベクトルが効率化、都市化、技術革新に向く方向であったのに対して、21世紀のベクトルはゆとり、うるおい、自然、伝統に向かうものであって欲しい」という図式とも見事に合致する。
 効率主義、市場原理主義、金銭主義に対するアンチ・テーゼである里山資本主義も同じ理念だ。
 いい風が吹き始めた。今こそこの風を大きくしよう!ふるさと島根定住財団はその風を強める“風神”の役割を担いたい。


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