花 暦

 私事であるが、山野草が好きである。清楚な(飾り気のないすっきりと清らかな)花、可憐な(かわいらしい、愛らしい)花、ひっそりとした派手さのない花、変哲もない(とりたてて言うべきこともない)花、よく見れば極めて精巧にできており造形に感動する花、清々しいかおりの花、、、

 四季の移ろいのそれぞれの季節にこうした花にめぐりあえることは、まさに、地方定住の冥利です。(ここでは、「冥利」を「仏語 よい行いの報いとして得た幸福」としておきましょう)

 先日、講演に呼んでもらい、浜田市旭町へ行きました。その道すがら目にしたのも、ホタルブクロやヤマボウシ、卯の花、アザミ、少し時期を過ぎたタニウツギでした。

 庭には、ドクダミが咲き、もう少しでウツボグサも咲きます。

 県庁の庭のねじ花(モジズリとも)は、この時期の最も好きな花の一つです。可憐にすっと立った花穂(かすい)にうすいピンクの小さな花がすこしネジ状にひっそりと。なぜか芝生を好み、県庁の庭にけっこう群生しています。毎年管財課が気を使い芝生の刈り込みの時期を花の時期と調整してくれていますから今年もそうであって欲しいと願っています。

 わが国の文化は、茶の湯に伴う茶花として山野草に関心を深くしてきたものの、一般には、あまり趣味をよせて来なかったようです。古歌には、桜や紅葉のほか、卯の花、ハギなどが詠まれているものの、近現代では薄れ、ことに高度成長以降の都市的な価値観からは、田舎とともに忘れさられた、むしろ無視された存在となっているといえましょう。

 価値観のベクトルが一貫して、 地方、田舎から都市へ、ゆとりから効率性へ、自然景観から都市空間へと向いてきました。それが、「高度成長」であり、それが人々を幸せにするという「神話」。それに全く疑問を持たないで来た成長神話型の価値観は、ここにきてかなり変わってきつつあるようです。少なくとも、「スロー・ライフ」、「ロハス」などに代表される価値観においては、そうです。英国では、以前から都市近郊の田園地帯に住むことが、ステータスだと聞いています。心豊かに、人生を豊かに、自然の生命・生産・生活の「3つの生」のつながりを感じ、人とのつながりと人のぬくもりを感じる生活の提唱、提供。

 そのライフ・スタイルの表れとして、山野草との「相思相愛」を提案します。

 5月28日の山陰中央の「談論風発」には、あらためて財団事業を紹介しました。

 真面目な(イコール硬い)文でしたから、ここでは、それを補足して、従来の考えを花に託して書きました。

 戯れ歌問答  ドクダミは白い清楚な十字形の花 十字草ともいう 繁殖力が強く庭、畑では嫌われることが多い

(問い) 花ならば みな美しかや どくだみの花

(答え) 科(「とが」と読み、 邪悪なの意)心なき 白き花ならばこそ


このサイトはオープンソースソフトウェアのRubyで構築されています。