でんどう

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教育に求めるもの~「中高一貫校」のねらいは?

 浜田市では、有用な人材育成と地域活性化とを進めるため、公立の中高一貫校の設置を求める協議会で学習と運動を進めるという。

 「中高一貫」といっても、今の中学、高校とどう違うのか?その違いや意義は分かりにくい。利点を極端に要約すれば、
①高校受験がない分ゆとりを持った中学校生活が送れる
②環境変化によるストレスがなくスムーズに高校に進級できる
③6年間を通じた特色ある教育ができる④中学3年段階から高校の授業を先取りしての大学受験対策が可能となる
-という。
利点もあるが、疑問点もある。

 一つ目は成長段階にあって、中学1年生と高校3年生では身体的にも精神的にも大きな違いがある点だ。中学から高校の6年間を一つの学校で入学式、卒業式、始業式などの式典や運動会、文化祭などを催すことが今の枠組み(中学、高校)よりも優位性があるかどうか?それは中学、高校で別に行えばいいというならば中高一貫校は論理的に成り立たない。

 二つ目は、人格形成の過程では(さらに人生では)、さまざまな節目があって、その節目のハードルやストレスを乗り越えてこそ精神的に鍛えられるし飛躍できるのだが、心身の成長の著しい時期の節目である「中学から高校へ」をなくすことが果たして得策かどうか?人間誰しも安きに流れる性向があることは否めない。新しいことに飛び込むには大なり小なり勇気と決断がいる。

 三つ目は、全国的には公私合わせて100校を超える一貫校があり、大学受験などで成果が挙がっているというが、「成果主義」を動力として一貫校にしていいのかどうか?さらに実務的な問題として、中学校の設置者は市町村、高校は県であるが、それを調整・克服するに値するほどのメリットがあるかどうか、一貫校への小学校からの入学はどう選別するかなどの課題もある。

 私も、「もっと中学校、高校が連携して一貫した教育を行うべきだ」との考えには強く賛同する。高校が中学校に、中学校は小学校に対して、進学してくる生徒の「仕上げ」に不満を持っている現状も承知している。

 かつては教育県と言われた島根県の学力の長期低落の現状と、一向に成果を挙げない向上対策へのいらだちは充分理解する。

 しかしそれは地味ではあっても、
①教員の多忙の緩和
②生徒からみた教員の権威の回復と指導力の向上
③その成果として得られる生徒の「学習意欲や集中力」、「家庭学習時間」の増加
を目指すことでしかない気がする。

 70年の人生から得た結論が二つある。
一つがどんな職業に就いても想像力(創造力)と勉強の仕方、その基盤となる一定レベルの教養とは必要だということ。
二つ目は、「世間に迷惑をかけず少しは役に立ったし、そこそこ楽しいいい人生だった」かどうかは、「学校の成績やいい大学を出たから」が大きな決定要因ではないということだ。精神(心)が充分に育たないまま成人したお粗末な学校優等生の“空気が読めない”“他人を慮ることができない”事例は多分にある。

 こころの豊かさを重視する教育理念として提唱した「感性を磨けば人生が楽しくなる。知性を高めれば人生が豊かになる」はこうしたことを念頭に置いたものだ。

 浜田市での中高一貫校の検討は開始されたばかりだから、予見をもっての意見は差し控えるべきだが、教育行政に一時期身を置いた者としての私見である。

 大学への進学。それは目標ではない。その先にあるものをしっかりと見据えた検討が大事だ。

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