理事長コラム

地域振興に関わる様々な方の意見、主張を掲載していきます。

新聞の機能を認識しよう~活字の優位性を活かそう

前文

 この「談論風発」は新聞社、配達してくれる人、読者の3者あてに書きましたが、学生の皆さんに是非読んでもらいたくて、このメッセージを追加しました。中ほどに書いたように、スマートフォンを使いこなす学生の皆さんは、新聞を読んでいない人が大半だと推測します。

 それを、非難するわけではありませんが、スマートフォンから得られる情報は、「深く掘り下げたり、それを読んで深く考えたり、ストックして読み返す機能」では新聞が勝っています。

 スマーフォンは、「自分から取りにいって得られる情報」ですが、新聞は求めていかないでも開けば、眼前にあり、強い興味を持っていなくても読むことで必要な常識や教養が得られます。

 このことは、実社会では特に重要です。仕事はもちろん社会生活での必要なヒントを得たり、雑談の材料となったり、社会で必要な幅の広い情報の源です。これは、ある意味では習慣として身に付けるべき能力で一朝一夕には備わりません。だからこそ、「面接試験でも重視する」と書きました。

 以前、この話をしたインターンシップの学生から、「これからは、図書館で読みます」との答えがありました。半歩前進ではあっても及第点ではありません。それでは、読み返し、ストック機能が得られないからです。

 私と同意見は何人かの社長から聞いています。
 この「談論」を読み、読み返し、あらためて新聞の機能の認識を高めてくれることを期待します。
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 毎朝、新聞のお世話になるところから一日が始まる。
新聞の「宅配」制度は世界的にも稀有と聞くが、とてもいい制度だと思う。毎日、風雨や雪にもかかわらず未明から配達する配達員の方に感謝する。寝床で読んで、日によってはまたうとうとしてから起床するが、それは配達員からの賜物である。雨や雪の日にはわざわざビニールで梱包してもらっている。こんな気配りにも、寒のする雪が吹きつける暗いうちからのバイクでの仕事にも、甘えが許されない厳しい任務だと思い敬意を表する。
 読者はこれに応えて、しっかり読むことがその地味な仕事に報いることになろう。

 新聞社も、日々のいい紙面づくりで応える必要がある。そこで、新聞の「ヘビー・ユーザー」を自認する者として、新聞週間のスローガンにあった覚えのある「読者と共に歩む新聞」「常に時代をリードする新聞」の言葉を真に受けての要望をいくつか申しあげる。

 まず、新聞の機能を考えるに、
①出来事や事件事故、その他の情報を正確、迅速に伝える
②それをわかりやすく解説したり分析したりする。物事には多面性があるとの視点も欠かせない
③世の進むべき羅針盤
④光の当たらないことや、見過ごされている大事なことを世に出す。これは「一遇を照らす」ともいう。

このほか
⑤市民の立場から権力を監視する
⑥繰り返し読んだり、深く考えたりするきっかけを読者に与える
⑦切り抜きなどでの情報の保存機能
⑧教養、娯楽を提供する⑨催事案内や読者の情報交換の場を設定するー。
思いつくままにあげたが、これだけ多面的な機能を持っている。

 スマートフォンなどの普及で、学生や若者の新聞離れが言われて久しいが、これだけの多面的な機能を、しかも受動的に受けられるのは新聞ならばこそだ。前回は「もっとテレビを見なさい」と社会に目を向けることの重要性を指摘したが、スマートフォンではこれは得られない。私が採用担当ならば、面接試験ではいろいろな質問を重ねる中に一番のポイント「新聞は読んでいますか」をまぶしておき、それに対する回答で最も本質的な人物評価をするだろう(実際そうしてきた)。

 社会人として必要な能力に「想像力・創造力」「積極性・好奇心」「教養」「雑談力」などが挙げられるが、これを得るのは実体験によって磨かれる感性と、読書や新聞等の活字、テレビで得る知性だ。

 井上ひさしに「難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことをまじめに」との名言がある。
以前「明窓」でも紹介された。この言葉を紙面づくりの基本におくべし。第2、新聞の使命は時代が変わっても〝権力の監視“は不変だ。第3、インターネット時代にあってそれに対抗しうる機能を果たすこと。それは活字だからこそ、紙だからこその利点を活かすことだ。使命を終えた単に埋め草的な記事はないか点検もが必要だ。第4、中央の識者からの評論で、現場ではすでに承知しているが諸般の要因でなかなか実現しないことを啓蒙的教条的に言われていると感じることがある(もちろん外部からの意見・提言は傾聴すべきだ)。第5、地元に密着してこその地方紙だから、地元の人材や読者からの寄稿・投稿には大いに期待する。しかし、「朝起きて顔を洗って、ご飯を食べて」的なコラムにならないことだ。第6、現場を取材した記事の「見出し」が画竜点睛を欠くものでは大きな誤解を与えかねない。常に細心の気配りが必要だ。

 新聞はインターネットや週刊誌との競合の中で読者に購読してもらわなければならない。事象に鋭く切り込むものであって欲しい。「テレビの番組欄が見たいから」や古紙の材料として購読するものではない。これは嫌味ではなく期待を込めてのエールだ。

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