でんどう

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「石見の定住促進を考える会」を開催してのリポート

1月29日、県浜田合庁の地方機関といわみぷらっとの入居団体、県立大学が集って情報共有の場「石見の定住促進を考える会」を開催した。

会合は所長、部課長や学長、各団体の理事長など約30人の出席で、会議後の懇親会までの一連の催しは、出席者が石見地域の振興についてあらためて情報を共有することができ、運動論的にいえば「意思統一」を図る場となり有意義だった。そして、日頃のマスコミ報道では知りえない明るいニュースがかなりあったのも嬉しい収穫だった。

以下のとおり、この会議で印象に残った情報を箇条書きでリポートしたい。

① 浜田市金城町元谷農業団地に「完熟大玉トマト」栽培の大型経営がスタートしている。
事業規模は大型ハウス20棟で栽培溶液システム。日量3000~4000個の出荷、農場長+正規職員10人+パート13人規模で生産。正規職員の内7人がふるさと定住財団が所管する1年間の産業体験研修制度を利用。

② 浜田市三隅町井野に大型畜産(酪農)施設が事業開始する。
飼育頭数は搾乳頭数800頭、繁殖和牛200頭。従業員30人体制

③ 浜田港整備の一環で大型ガントリークレーンが整備され、釜山との定期コンテナ航路が従来の1社から2社に拡充した。

④ 外国人労働者は漁船の船員、水産加工業、製造業などで雇用が急速に進んで地域の労働力としてなくてはならないものになってきた。このことへの対応は国任せにせず、ヒューマニズムの観点から関係者でしっかりとした受け入れシステムを構築することが必要だと感じた。

⑤ この10年間(H.18-H.28)の従業員数の推移をみると、約85千人から約80千人へと5千人の減。浜田△238人、益田△1307人、大田△1306人、津和野△844人などと厳しい。その中での吉賀の+106人は製造業での雇用によるものと推察され、定住要件としての製造業の重要性を表しているように感じる。

⑥ 産業振興と交流人口の拡大のため観光に力を入れおり、一般的には観光は農産品や水産物の生産、購入など裾野が広いと言われるが、実態がそうした地域産品の生産と需要の拡大に結び付いているのかどうか実態の調査と改善の余地はないのかどうかの検討を要すると考える。

今回の会議はあえて県及び県関係の団体に出席を限ったので、市町村や経済団体の出席はなかった。それは、点睛に書いたように、まずは県政がもっと石見対策に熱意を見せることが必要だとの思いからだった。

今回の会合を開催して知りえた情報で、県地方機関及び県関係団体ともそれぞれが所管事項について尽力し腐心していることがわかった。県庁の幹部はその実態を把握し、それを鼓舞することでさらなるやる気、元気につなげるのが務めだと思った。

それと同時に、こうした情報をもっとマスコミを通じて県内外に発信する必要を感じた。それが地域を元気にすることに繋がる。

このことをワンフレーズにすれば「島前高校のようにみんなが自由に発言でき思いが形になるようする」だ。

開催に至った問題意識は、次に引用する「県政の縮図・石見の振興」に掲げたとおりだ。「でんどう」には掲載済みだがここに再掲しておく。

県政の縮図・石見の振興(点睛2019.1.22号から引用)

直近の石見関連の人口や就業者数などのデータを見ると、中山間地域集落での若者のUIターンの増加傾向はあるものの圏域全体では厳しい。

石見は過疎、高齢化、少子化などの課題が凝縮された地域で「県政の縮図」だ。石見振興はその問題意識でずっと県政の重要項目として取り組まれてきた。

石見空港、浜田港、工業団地造成、JR山陰線高速化、浜田自動車道、県立大学、しまね海洋館アクアス、県芸術文化センター、島根あさひ社会復帰センターなどがその例だ。

島根県は、1920年(大正9年)の第1回国勢調査の人口(715千人)を現在では下回った唯一の県(現在680千人)で、人口の大都市圏集中による過疎を最も代表する県だ。

そして、この100年の県内地域別人口は、石見と隠岐などで大幅に減少し、松江、出雲など都市部での増加を相殺しても全体では約3万人が減少した。

しかるに、この10年余、地方財源の大幅削減に直撃された県は財政再建優先で、事業や予算の縮減を余儀なくされ、平成の大合併で広域となった市町村や地域との関わりを薄くした。「県政の縮図・石見の振興」の旗印も影が薄い。「ない袖は振れない」としても熱意や気概は見せて欲しい。

地域から「県は必要だ」との信頼がないと、「市町村を無理やりにでも広域にして県の業務をそこに移行し、県を廃止する道州制」が加速する。道州制導入論は、幸い今は下火だが憲法改定議論の政治的取引で急浮上する恐れがある。

道州制が州都以外の地域、とりわけ地域課題を異にする山陰両県の衰退をもたらすことは、役場のなくなった地域の活力衰退で実証されたがその比でない。東京一極集中の州版だ。仮に州都を広島市とすると、道州制は行政の効率化が目的だから、州中心部に集中投資こそすれ、州都に近いからとて人口や産業の集積のない石見に手厚く財源配分することなどあり得ない。

石見振興を考えるとき、島根の地域振興に関わりの深いS氏の卓見「よその県と同じことをしていてはいつまでも46番目にしかなれない」を強く意識する。“浜田代官”を拝命したころには、その思いから、「いわみぷらっと」の設置が実現したし、田舎ツーリズムや簡易道路標識(土木職員が知恵を出し応えてくれた)の石見発全県展開ができ、官民の勉強会として「啐啄塾」や「6時からセミナー」なども開催できた。今、県幹部の立場にあれば「おれは石見振興がやりたい」と言い職員の“忖度”を誘導するだろう。

これは現場目線で県政に携わり今は“終わった人”の、講談では権力に媚びることなく天下に意見したと語られる大久保彦左衛門的述懐だ。(諒)

文責:藤原義光

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