でんどう

地域振興に関わる様々な方の意見、主張を掲載していきます。

地域人材養成と学校優等生

 学業優秀な者が就ける職業を仮にА群としよう。
社会はこのA群だけではなく、社会の安全や生活に不可欠な沢山の仕事(ここでは諸職という)で成り立っている。
 誤解のないように言っておくが、これらにも学力やインテリジェンスは必要だしその高い者はいくらでもいる。「農業・農村はかっこいい!」と地方に移住定住する者たちもその好例だ。また、賢さや頭の良さと学業成績はイコールではない。学力や学歴は高いが、惻隠の情(他人をいたわる心)の欠如や、品がない、ふるまいが悪い、気配りができない、場が読めないなど、学力以外の人格上の他の要素が備わっていない場合に「学校優等生」と揶揄(やゆ)される。

 学校教育がどんな目標をもって進められているか?高度成長期は立身出世主義だった。都会に出て身を立て、名を上げ、故郷に錦を飾るА群を輩出することが目標とされた。
故郷に残る者は取り残されたような淋しい思いをしたものだ。それが地方からの人口・人材流出の要因になった。
   もっと以前は、大工の棟梁など“ものづくりに関わる職業”や“手に職をつけた者”の社会的経済的な評価は相当高かった。いい仕事の評価が高く、「石見左官」の東京に上っての仕事は、東京駅や国会議事堂に今も残されている。

 今は、ものの作り方や流通が変わったこともあって、これら職人・技術者の評価が変わり後継者確保が課題となっている。しかし、世の中には実態が十分に認識されていないのか、危機感があまり感じられない。職の技術を次の世代に伝承するには、戦後世代すべての引退が間近に迫った今が最後のチャンスだと思う。
 そのためには、社会に必須の仕事である職人、技術者などの社会的評価を金銭面も含めてもっと上げ、学齢期の早い時期からそれも選択肢とする人材養成が必要だ。学校では学力偏重ではなくこうした多様な職業をめざす教育だ。
ただし、社会人の基礎力に通じる学力や人格、教養の高さ、ふるまいの良さは、地域人材にも世界を舞台として活動するにもすべての諸職に求められる。それを育てる教育が「感性を磨く教育、知性を高める教育」だ。

 ふるさと教育は地域の担い手を育てることも意義の一つだが、それは単に数ではなく社会が必要とする諸職の担い手の養成確保だ。学校まかせではなく、家庭も地域もともに考えなければならない。
 島根県教委の社会教育課が、毎年夏休みに実施する“親が働く職場のこども参観日”は好評だ。連続して参加する子もいる。これを会社などのそれぞれの職場や地域でも実施したらどうか?親の働く姿を見ることの意義にあわせて、仕事の実態を知るいい機会になり、それが後継者や人材確保につながる。ひとつやってみようではないか。
                                 (諒)

トップへ戻る