でんどう

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窓と風は友達/風を取り込む家づくり

 「これが気にいらない!」を考えてみてください。私などは、朝のテレビのワイドニュースに接すればブツブツ、車で走ればブーブー、買い物でイライラ。大事もあれば小事もある。

 その中で、世に問いたいものに、「窓が少ない、あっても小さい建築設計思想」がある。ビルの建設は開かない窓が多いし、個人住宅にしても、ハウスメーカーはもとより、工務店が建設している現場を車から見ても窓は少ない。あっても小さい。

 推察するに、どうも窓から風を取り込もうとする発想がない。個人資産だから自由だといえばそれまでのことだが、日本の伝統工法は「うち」と「そと」の区別が曖昧なところに特徴があった。
例えば「縁側」や「よし戸」など。季節の移ろいが曖昧になった昨今だが、窓からの風を評価すべきだ。大都市はともかく地方都市ならばこそ、そのメリットを生かすべきだと思うのだが、夏場は冷房するものだとの前提で設計されて、使わなくてもいい電気を使う。3・11の震災以降、耐震基準が強化されたがその影響か?建築費を抑えるためか?

 今年の5月、クールビズのスタートを伝えるニュースが「窓をしっかり閉めて、室内温度を28度以下に保つ」ことが“省エネの極意”と伝えた。本末転倒だ。不自然でまさに「都市の論理」で、それこそが今、地球環境問題で問われている。

 確かに電気は運搬や補充が不要で、勝手に働いてくれる優れ物だ。しかし、その大半は化石エネルギーに依存しており、原子力発電(ウランとて他の星で形成され地球に存在する化石エネルギーだ)の比重を下げようとする今日、そして、自然系エネルギーは観念的に思うほど、コストも量も期待できないのだから、節電ひいては化石資源の温存を社会全体で考えなければならないはずだ。石油資源は有限だ。近い将来必ず枯渇する。

 市中で、車の流れをボーッと見ていると、地方都市でさえこれだけの車が石油資源を使って走っているのだから、世界中ではすごい数の車が石油を消費して走っていることかと、悪寒にも似た気分がしてくる。

 次世代エネルギーとしては水素が有望だが、それに円滑に移行できる保証はまだない。電気も石油も便利だからと無意識で使っているが、半世紀前には車も家電製品も貴重品だった。冷房はせいぜい扇風機だった。

 社会はもうそこには引き返せないが、出来ることから省資源、省エネルギーの実践を社会思想(生活習慣、生活文化)として定着させていかなければならない。レジ袋持参にもごみの分別収集にも異論はないが、それが免罪符とされて、建築設計思想や「使い捨て文化」のような、もっと大きな問題が見過ごされている気がする。分別収集された資源ごみや、業務上発生したごみは処理場でちゃんとリサイクルされているかどうかも検証が必要だ。

 徒然草に「家の作りやうは夏を旨とすべし、冬はいかなるところにも住まる」とある。この考えを生かしてこそ(都市との対比での)田舎の優位性があるというもので、「田舎者」がそれを実証して見せ、推奨しなければならない。

 それが地方創生の理念にかない、都市に対抗する田舎の論理となるはずだ。

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