でんどう

地域振興に関わる様々な方の意見、主張を掲載していきます。

地方消滅(人口)から地方創生(人)へ

前回のコラムでも触れましたが、「増田レポート」を受けた形で打ち出された国の地方創生政策により、全国の自治体が一斉に定住促進に取り組む状況になりました。国が目的的な交付金によりこの動きに旗を振ることにはいささか違和感も覚えます。
報道によれば、国(内閣府)がその動きを後押しするため創設する地方創生関連の新型交付金の平成28年度概算要求額は1100億円程度にとどまる見込みのようです。これは、平成26年度補正予算において「地方創生先行型」として措置された1700億円を下回り、昨年秋に浮上していた年2千億円程度とする構想の半分程度の規模でしかありません。自治体側の不満や落胆も予想されますが、個人的には、国主導の新型交付金が自治体間競争を煽りながら全国にばら撒かれることの結末に思いを致せば、国に依存した形の交付金の額にあまり拘泥することもないのではと思ったりします。
一方で、国において、人口減少問題の克服が将来の日本の命運を握るという認識であるならば、そして、その決め手は人口が集中し出生率が極めて低い東京から子育て環境に優れた地方に若者を中心とした人口を分散・再配置することという認識であるならば、主要な政府機関や大企業本社の地方移転など、これまでの政策の延長線にはない、国のあり方を根底から変える大胆な政策がもっと強力に打ち出されてもいいのではないかとも思います。

最近、「地方消滅の罠」(山下祐介著、ちくま新書)という本を読みました。「増田レポート」に対して鋭い分析を加え、論理的対立軸を示した労作です。人口データを駆使した「増田レポート」が地方に与えた衝撃がすさまじかっただけに、「増田レポート」の核心を追及し警鐘を鳴らす展開に大いに共鳴しました。自治体名を名指ししての「地方消滅」のインパクトが強烈過ぎたせいか、処方箋(国家戦略)の部分はあまり大々的に報道されることもなかったように思いますが、レポートの文脈の中にこれだけ重要な論点が盛り込まれていようとは…。地方創生に関心のある方はぜひご一読されることをお勧めします。
ポイントは「選択と集中」です。「選択と集中」、この行政マンにとってなじみ深い用語が「増田レポート」では東京一極集中に歯止めをかける政策の中核的論理に据えられていると著者は指摘します。例えば、「増田レポート」第3章にはこういう下りがあります。
『地方における当面の人口減少は避けられない。この厳しい条件下で限られた地域資源再配置や地域間の機能分担と連携を進めていくことが重要となる。このためには、 「選択と集中」の考え方を徹底し、 人口減少という現実に即して最も有効な対象に投資と施策を集中することが必要となる』
さらに、『以上の考え方から、まずは広域のブロックごとに、人口減少を防ぎつつ、各地域が多様な力を振り絞って独自の再生産構造を作るための「防衛・反転線」を構築できる人口・国土構造を提案したい』とし、広域ブロック単位の「地方中核都市」を「最後の踏ん張り所」として、ここに資源や政策を集中的に投入することが提唱されます。

ところで、「選択と集中」は、限られた財源の有効活用の観点から、施策の優先順位付けなどとセットでよく使われる言葉です。「増田レポート」ではこの「選択と集中」という用語の対象が、施策や事業ではなく、「防衛・反転線」(守るべき地域と見捨てる地域の境界線)を引くべき地域(「地方中核都市」)とされているようなのです。仮に、この考えを、島根県のような県土の大半が中山間地域であるような地域にあてはめた場合、どうなるのでしょうか。著者は、「増田レポート」のこの点に今までにはない強者の論理が働いているとして、極めて危ない思想と警鐘を鳴らしています。そして、「選択と集中」の対立軸として「多様性の共生」という理念が提起されます。

「増田レポート」の底流に流れているのは、「人口」という静的なマクロの視点からインフラ投資の限界をどこに定めるかという思考だと受け止めました。一方、私たちが目指している定住促進は「人」という動的なミクロの視点からの取り組みが根本にあります。ミクロの結果としてマクロがあるという捉え方です。「人口」が数という無機物であるのに対し、「人」はそれぞれに感情を持った有機物です。客観的数値からは見えてこない部分で、いろんな要素をかき混ぜながら一つ一つ化学反応を起こしていく、花を咲かせていくことが定住施策の、ひいては地域振興の要諦だと心得ます。そこには、静的な「人口」には表われない動的な「交流人口」もあれば「二地域居住」もあります。
人口の減少が著しい島根県の中山間地域で何とか農地が守られているのは週末に沿岸部から帰って農作業に精を出す出身者がいることも見逃すことのできない事実と思います。こうした一人一人の「人」の多様な動きを総合して地域をとらえないと地域の実体を見誤ってしまうような気がします。

この先何十年にもわたる人口減少が避けられない中、「人口」の視点から地域に不安を煽り、諦めを誘発し、覚悟を求めるのではなく、「人」の視点から地域に元気を生み出し、発信し、希望につなげる、そうした理念・政策こそ大切だと思います。
やはり今は、地方創生関連というある種他人の褌のような新型交付金に翻弄されることなく、冷静沈着に、地に足の着いた定住施策を進めることが大事ではないでしょうか。地方創生が、「増田レポート」第2弾「東京圏高齢化危機回避戦略」に見られるように、都市側の論理で進められる以上、また、国において省庁縦割りの補助金行政が続く限り、いつはしごを外されてもおかしくないのですから。

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