でんどう

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ふるさと学習「島根がふるさと」と思う教育を

 島根県では、H17年に全小中学校の総合学習の時間に「ふるさと学習」を開始した。以来、地域の自然、歴史、文化を知ったり使ったりする「実践的な活動」と「調べる学習」を両軸として展開されている。
 ところが、毎年度受け入れるインターンシップの学生に講義の中で島根県の自然・歴史・文化の主要項目を質問すると、そのほとんどを知らない。四季折々の花や野菜、植物のことも知らない。知らない学生が悪いのではない。教えていないことが悪い。郷土のことを知る(知らない)ことと、郷土に対する愛着が強い(弱い)こととの相関関係はかなり高い。他県に進学した石見出身の大学生が、教員、銀行志望などの場合を除き、松江、出雲に就職する選択肢を持たないし、出雲出身で石見定住の選択が皆無に近いのは「島根がふるさと」という意識が希薄なことにも要因があるのではないか。

 若者の県内定着、UIターンを推進するためには、幼少年期から学校、地域、そして特に家庭で、郷土について愛着をもつ教育を授けることが必要である。
 この場合の「ふるさと」の概念を学校現場では、①校区、②学校が所在する市町村のことと狭く捉えていないだろうか。石見の子にも出雲、隠岐を、出雲、隠岐の子にも石見を学んで欲しい。
 郷土の自然、歴史、文化、地理の知識を持つことは、県内定住を志向する意味だけではなく、県外や国際的な舞台で活動するのにも必要である。出身地の文化(歴史、生活文化、食文化、ことば)が語れなくては一人前の社会人としての評価は受けられない。郷土に根ざした自らの精神をきちっと確立させる人格形成が必要であり、ふるさと学習を中心として、学校図書館の活用、こども読書なども通して推進したいものだ。この場合にも、学校、家庭、地域の提携が求められ、中でも家族での県内旅行や自然体験などの「ふるさと実体験」は多様な効用や意義がある。

 島根県にとって人口問題は常に政策の主要課題であった。
国でも、1962年(S37年)以降数次に亘った全国総合開発計画で、地域間の均衡ある発展(一次)、地方定住圏構想(三次1977年)、多極分散型の国土形成(四次1987年)など常に「東京一極集中の打開」、「過疎・過密の解消」が謳われてきた。新産業都市法(当地では中海新産業都市が該当)や日本列島改造(田中内閣)、田園都市構想(大平内閣)、ふるさと創世(竹下内閣)もすべて然り。
 しかし、どの時代をとってもはかばかしい成果は挙がらなかった。国内的にも国際的にもベクトルは、近代化、都市化、効率化に向かっていた。非効率、非現代的なものは容赦なく遺棄された。
 今回の地方創生の動きで確実に全国区での“定住競争”は激化する。過去の轍を踏まないためには、従来とは違った価値観で国家経営や地方定住施策を構築していく必要がある。例えば「里山資本主義」「山川草木悉有仏性」の哲学である。幸いにも、未だ微かではあるが、「農業、農村はかっこいい」と考える若者が出現してきた。行政にはその風を興し確かなものにする”風神”の役割が課せられている。
 島根県の特質をしっかりと把握した取り組みが必要だ。自然地理や四季の移ろいと恵み、年中行事、古事記や出雲國風土記などについての総合的な「ふるさと学習」を少年期から進める延長に、県勢振興や人材養成、定住施策を構築していくことである。遠回りのようだがこの教育は普遍だ。

 今回、島根県の予算で本土の小学5,6年生の隠岐ジオパーク学習体験の予算が措置された。息の長い取り組みとしたいものだ。ふるさと定住財団もお世話の一端を担う。

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