でんどう

地域振興に関わる様々な方の意見、主張を掲載していきます。

逝くも送るも「だんだんネ」

 私事で恐縮だが、本欄でも何回か提唱してきた「ふるまい」に関わることである。先日、大正9年(1920年)生まれの義母を送った。
昭和天皇が崩御された年に、2.26事件当時近衛兵として勤務していたという義父が逝ってから4半世紀。健気に、そして妙好人のごとく信仰心篤く、皆に感謝の言葉を言い続けての90余年の人生だった。
「だんだん、だんだん、、、」と常に口にするその数は、ギネスブックに登載が可能ならば、登載したいほどであった。
 この2年の介護施設にあっても、職員の誰彼なしに、「だんだん、だんだん。おかげさまでこげして過ごさせてもらっています」と感謝を口にした。施設側もよく応えてくれた。
この神戸川上流の○○園の職員のわざとらしくなく、ごく自然な、それでいてきめ細かい応対や処置は家族の皆が異口同音に讃えた。
 介護施設の運営も職員の確保も苦労が多いことは、ちょっとでも施設のお世話になったり、現場を見たりして、当事者の立場で考えればわかることだが、今年度から内部留保が多いからと財務省主導で介護報酬が減額になった。
 そのお上の仕打ちにもめげず、よくぞ清潔で、はつらつとした施設運営がなされていると敬服する。施設長は「私は何もしていない」という。私は、すかさず答えた。「トップがやかましくこまごまと指示して動く組織は本物ではない。職員が自分で動けばそれが本物だ」。
 こうした派手さのない地道に働く職場に、皆が少しでも理解と感謝の念を拡げることが職員の確保につながると思う。人は金銭のためだけに働くのではない。心を持った存在なのだから。そして、誰もが何らかの形で医療、介護の世話にならないと死に行くことができないのだから。

 「地域や社会の皆で高齢社会をどう構築するか考えて行かなければならない」。この認識を皆が持つべきだと思う。
あまりにも行政に任せきりでいるうちに、人口の多い団塊の世代がサービスを受ける年齢になった。その肝心な行政は、なかんずく政治は、庶民感覚を持たず党利党略などに終始し、高齢社会を真正面から捉えた医療・介護・年金・福祉の制度設計を行わぬまま今日に至った。
 5人の実子が手を添えて火入れのボタンを押す時に、それぞれが発した言葉は期せずして皆、「だんだん、ありがとうね。さようなら」で、義母の言い続けた「だんだん、だんだん、、、」がダブって聴こえ感無量であった。
 この5年、学校、家庭、地域でのふるまいの劣化を指摘し、その向上の取り組みを提唱してきたが、身内の例ながら、ここに範とすべき家庭教育での格好の先人がいた。義母はこれからも子、孫などの思い出の中に生き、家族や他者へ感謝すべきことを語り続けよう。
 宗教は、日常活動でも儀式の場においても、来世のことはさて置き、現世における生き方として他人や家族への思いやりや縁の意味・大切さを説いて欲しい。その好例が中村元記念館や20社寺の「縁座の会」の取り組みでもある。(諒)

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