でんどう

地域振興に関わる様々な方の意見、主張を掲載していきます。

早春賦

 立春が過ぎたこの時期に、多くの人に好まれ歌われる歌に「早春賦」(吉丸一昌作詩、中田章作曲)がある。1913年(大正2年)からちょうど100年間歌われてきた名曲だ。
春を待つ心をウグイスの心境に託した文語調の文体の巧みな歌詞と、それを引き立たせるメロディがとてもいい。歌詞を掲げると、
 ①春は名のみの風の寒さよ  谷のうぐいす歌は思えど   時にあらずと声も立てず 時にあらずと声も立てず
 ②氷とけ去り葦は角ぐむ   さては時ぞと思うあやにく   今日も昨日も雪の空  今日も昨日も雪の空
 ③春と聞かねば知らでありしを  聞けばせかるる胸の思いを   いかにせよとのこのごろか  いかにせよとのこのごろか
 この「葦は角ぐむ」などはこの歌以外では使った文を読んだことがないが、情景をよく表わしていると思う。
③番まででは、ウグイスは、鳴くだけの環境条件がそろっていなくて鳴かぬ。それではかわいそうと④番を作ってみた(著作権法はどうかなどの硬い話もあろうが、ここは粋狂として大目に見てほしい)。
 ④日の出早まり木の芽うごめく  時は満ちたと思い定め  春を告げむと今朝の声 春を告げむと今朝の声
 音痴の私は歌えないのが残念だが、知友に歌ってもらって、ちゃんとメロディに乗れる歌詞と確認した。お試しあれ。
 ウグイスは何を感じて鳴き始めるか?自宅がある松江市近郊の住宅地でも毎年声を聴かせてくれる。思えば自宅の居間でウグイスの鳴き声が聴けることは居住条件としては随分と“贅沢なこと”ではなかろうか。自宅に限らない。ちょっとの散歩やウォーキングの途中、少し出かけた里山ウォッチングで聴く鳴き声も「田舎暮らしの贅沢」の範疇だ。都市に整備された立派な音楽ホールでのコンサートに負けない楽しさだと思う。
 ちなみに「うぐいす色」は「ウグイスの羽の色に似た褐色がかった緑色」とされている。しかし、実物のウグイスの羽、体の色は「うぐいす色」ではなく「茶色」だ。これは、ウグイスと大きさが同じメジロ(目白)をまちがってウグイスと思い、メジロの羽色の褐色がかった緑を「うぐいす色」とした由。「梅にうぐいす」の花札の図柄も、ウグイスが梅の花に留まることはまずなく、メジロの誤認とされている。
 ところで、島根県の推計人口は今春の高校卒業生の県外就職、進学による転出を以っていよいよ70万人を切る。大正9年に実施された初めての国勢調査では島根は715千人(鳥取は455千人 全国56、000千人)だった。近代以降の100年間では初めて700千人を割る人口の時代になり、今後も依然として減少が続く。
 ウグイスの初鳴きを待つとともに、「ウグイスの声が身近に聴ける定住条件」の利点を活かした定住が1人でも多くあればいいと願う。

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