でんどう

地域振興に関わる様々な方の意見、主張を掲載していきます。

感性と知性を高める教育

~「知ることの楽しさ」を学ぼう~

 今年も3回ほど学生のインターンシップ(就業体験)を受け入れた。私もその都度、社会人として必要な心構え、ふるまいなどの「社会人基礎力」についてゼミ形式で応対した。
 社会人としてのスタートには、知識・技能は備わったに越したことはないが、それよりももっと大事なものが、「挨拶(あいさつ)、コミュニケーション能力、世の常識や一定程度の知識を備えていること。忍耐力。明るくハキハキしている。相手の立場に立って発言できる。そして夢を持っていること。」などだと強調する。 
 初日の、「5日間の体験で学びたい目標設定」ではほとんどが、他人(ひと)の前できちっと話せるようになりたい、コミュニケーション能力を養いたいことを項目にあげる。そこで、コミュニケーション能力とは話術ではなく、社会人基礎力としてのマナー(常識)や一定程度の教養(常識)が備わっていなければ向上しないことや、会話は言葉のキャッチボールといったことも追加する。最終日には初日の緊張がとけて概(おおむ)ね全員がうまくリポートする。
 この受け入れを通じて感じることの一つは、若者たちに実体験と教養・常識が不足していることだ。島根県内出身者も県外出身の学生も同様だ。「新聞を読め」と言えば、「学校の図書館で読みます」と言う。国宝・神魂神社はまず誰も知らない。実体験やそれを通じて学習する機会が少ないまま成長したといえる。口には出さないが内心こんなことではと思う。これは学生が悪いのではなく学校・家庭などの教える側に責があろう。
 文部科学省の学力調査では島根にとっては残念な結果が発表された。これをそのまま真(ま)に受ければ、学校のカリキュラムの学習も、常識もいずれにも課題があることになる(ただし、軽々しくそう判断すべきではないと思う)。
 教育に関わる任にあったとき、学習意欲を高め、学ぶ習慣をつけるためには、「知ることの楽しさを教えよう。知的な会話の中で教師(生徒)を育てよう。感性を磨けば人生が楽しくなる。知性を高めれば人生が豊かになる」と機会あるごとに提唱した。社会人基礎力と同義の「ふるまい向上」県民運動にも取り組んだ。
 今、学校現場に最も必要なのは「教員にこそゆとり教育を」だと思う。ほとんどの土・日出勤や早朝から夕方遅くまでの勤務。
増え続ける学校管理上の指示やマニュアル。減らない報告書。生徒や保護者のさまざまなニーズへの対応。多忙のせいか人間関係が変わったためか職員室でのコミュニケーション不足。
 教育上の諸課題への対応には、まず、この多忙(多忙感)を早急に、自律的に改善し身心にゆとりを持つことではなかろうか。教育関係者は社会の中での最も知的な集団の一つである。全員が思いを一つにして退路を断つ覚悟で取り組めば出来なくはないと信じる。
 田舎の古民家を手作りで改造し、そこを拠点に自然や食、子育てなどを学ぶ活動をスタートした若者たちがいる。「ここを学びたくなる学びを実践する場としたい」と言う。いいね!良い感性と知性を持つ人間が育っている。
 この若者たちだって生徒として学校で学んだ時期があった。学校・家庭・地域の教育で育ってきた。教育界は「ゆとり」に加えて「自信」も回復しよう。そのための応援団にも捨て石にもなる有志はいくらでもいるぞ!

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