でんどう

地域振興に関わる様々な方の意見、主張を掲載していきます。

教育の再確認

 地域、日本、人類の現状を見、行く末を案じる時、あらためて教育の重要性、意義について思案する。

 ある経済人曰く、「学校教育でしっかり教えて欲しいのは、まず、挨拶、コミュニケーション能力。次いで忍耐力、持久力、相手の立場に立って考えること。知識、技能は備わったに越したことはないが、それは採用後でも間にあう。社会人としての基礎的能力はそれからでは遅い」 また、別のある人曰く、「指示待ち人間が多い。自律的に考える力が備わっていない。考えるためには基礎的知識が必要だがそれも不足している」 両者に共通するのは、早い時期からの実体験や「働くことを学ぶ」教育が必要との意見だ。

 第2点目。21世紀における人類最大の課題は、人口増と全世界的な生活水準の向上に伴い深刻化する資源、エネルギー、食料、環境問題である。その克服には、従来の成長神話や金があれば何でも買えるという経済(金銭)至上主義、大量生産大量消費のシステムの見直しが必要となる。原発事故によっては、科学の進歩が人類を幸せにすることに懐疑的になり、「科学万能」に対する信頼がゆらいだ。社会システムすなわち「世の有り様」の根底的な見直しの視点として、地産地消や地域内循環、自然や地域エネルギーなどを重視する考えを広める必要がある。また、3Rといわれるリサイクル(再生利用)、リユース(再利用)、リデユース(減量)や、「もったいない」の精神を浸透させることも必要だ。これらの普及啓発を担う分野は教育である。

 第3点目は、人間は社会的存在であるとともに、自然の生命の一員として生き、生かされているという認識を、あらためて死生観(自然観)に明確に組み込むことの必要性である。3・11以降特に再認識すべき日本古来の思想、文化だ。我々は、一日の例外もなく自然の生命をいただくことで生きており、生産とはその生命を育んだり加工すること。自然の生命と、生産、生活の「3つの生」の良好な関係こそが人間本来のあるべき生活で、それは我が島根のような「地方」にあり、「定住の理念」もここにあると繰り返し提唱してきた。古来の表現では、「山川草木悉有(しつう)仏性」というのがこれに当たることを学んだ。ごはんを食べる時の「いただきます」は生命をいただくことに感謝し、生産加工した行為に思いを及ぼすことで、「食育」はまさにそれを学習することである。

 ところで、「教育とは、人間という神秘的なすばらしい造形物を社会的存在として制作し仕上げる作業である」との表現を思いついた。感性と知性豊かな立派な人間として制作し仕上げることもできれば、邪悪な心や凶暴性を持ったり、狂信的な行動をとる造形物も出来てしまう。侵略戦争や帝国主義、覇権主義などは国家的なドグマ(独善的な教義)によって計画的確信的に大量生産される国民によるものだ。

 島根県では2010年から「ふるまい向上県民運動」がすすめられている。ふるまいは挨拶、モラルや道徳など、いいかえれば社会人基礎力であり、ただいま述べた教育課題への対応もこのふるまいの一環として総合的に取り組むことが効果的であると考える。繰り返しになるが、教育は、個々の人間の人格や精神を総合的に制作し仕上げる作業であり、その範囲は多角的かつ多様で、総合的系統的有機的に進めるべきものであるからだ。新年に当たって「一陽来復」を祈り、教育のありようの一つとしてこう考えた。

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