定住財団スタッフの日々のつぶやきをお届けします。

先日、自治会の懇親会があり、5年ぶりに参加した。
会場の公民館に入ると、赤ちゃんから高齢者まで、予想以上にたくさんの方がいらっしゃった。
今年の役員さんは比較的新しく自治会に入られた若い方が中心。テーブルには折紙で手作りされたかわいらしい席札が用意され、おもてなしの気持ちを感じられる会場となっていた。
わずか2時間余りではあったが、お互いの近況を話したり、子供たちが元気に走り回ったりする中で、ご近所さんの存在の有難さを改めて感じ、とても心地よい時間を過ごすことができた。
「なんだか幸せな時間だったね」と夫と話しながら家に帰り、こういうささやかなことを幸せと思えることもまた幸せ、と感じた一日であった。
(OK牧場)
孫のバレーボール、セッター教室に付き添った時のコーチの言葉です。
「天井の空間を目標にトスを上げる」
「空気を感じてアタッカーにトスを上げる」
「一呼吸の間を持ってトスを上げる」
バレーボールのことはよくわかりませんが、とても印象に残りました
点数化、可視化、データ化が求められる現代において、見え見えないものを
身体で感じることは、とても難しいことだけれど、とても重要なことだと思います。
仕事をしていくこと、人とつながっていくこと、生きていくこと、
いずれもこの目に見えない、息やタイミングが大きく働いているのだと思います。
この言葉を聞くことができ、感銘を受けたのも、そういうことだったのでしょう。
(あっちゃんおばあちゃん)
冠婚葬祭のうち、連絡が緊急でやってくるのが「葬」。
亡くなった人(家)との関係性と、対応の優先度とは比例する。
今回は、葬儀の日と県外出張がぶちあたった。
小さいころから可愛がってくれた親戚のおじさんであり、万難を排して駆けつけねばという気持ちがある一方、家族の誰かが通夜や葬儀に行けば、失礼に当たるわけでもないという気持ちもある。
こうした正解のない分かれ道ではいつも悩み、結論を出す過程で判断がふらふら揺れる。
AIに相談するのは不謹慎のようで自粛してしまう。
結局、家族へのヒアリングや出張変更の影響度合いを確認したうえで、葬儀参列を決めた。
生前の思い出に浸ることができたし、親族との久しぶりの会話もできた。
そして何より、出張を短縮してまで葬儀を優先した世帯主の姿勢を、家族に見せることができたことは大きい
(蝮)
先日、子どもたちと帰省したときの出来事。
ホテルで眠っていた午前2時過ぎごろ、
突然、警報音が鳴り響きました。
その直後、大きな揺れが・・・
久しぶりに体感する震度5弱
夜中の地震は、想像以上に怖いものでした。
特に、静かな部屋に突然響いた警報音に子どもたちも驚き、
泣き出してしまいました。。。
ホテルのエレベーターも停止したというアナウンス。
「もし、このタイミングでエレベーターに乗っていたら……」
「明日以降エレベーターが動かなったら…」
そう考えると、さらに不安になりました。
幸い大きな被害はありませんでしたが、今回の経験を通して、
災害はいつ、どこで起こるかわからないのだと改めて実感。。。
「そのうちに」ではなく、何も起きていない「今」だからこそ色々備えておく。
今回の地震をきっかけに、家族を守るためにも、
私自身がもっと災害への心構えを持ち、日ごろからできる備えを
大切にしなければと感じた、夏の帰省の出来事でした💦

(moko)
1年に1回は行こうねと言いながら隔年になっているのだが、叔母と近場の温泉旅館に泊まることにしている。今年は、石見銀山を散策した後、温泉津温泉で一泊する予定だ。
叔母と言っても母とは歳が離れていて、私が生まれた時にはまだ中学生だったので、叔母ちゃんと呼んだ事はなく、ずっと名前にちゃん付けで呼んでいる。アルバムには、制服姿で赤ちゃんの私をだっこする叔母の写真があって、可愛がってもらった記憶しかない。
母が生きていれば、3人で来たのにねと、思い出話をする。温泉に入ってのんびりする。どうして、叔母とお泊り会をすることになったのかは分からないけれど、叔母とゆっくり過ごして話す時間を楽しみにしている。
(ウ)