「当財団の沿革と今後の展望に関する所感」H17.9.3

                 平成17年9月3日
                 (財)ふるさと島根定住財団
当財団は、平成4年(1992年)9月3日、島根県の出資によって生まれた。
当初は、Uターン・Iターン希望者に対する相談業務や、新規学卒者の県内就職に向けた情報提供などを手がける小さな財団であった。
その後、事業展開の幅を大きく拡大し、平成5年度の決算額4千万円余が、平成16年度には6億1千万円余に及んでいる。バブル崩壊後、日本経済が縮みゆく中で、ほぼ一貫して右肩上がりを続けてきた当財団は、特異な存在といえるかも知れない。
このような拡大の背景には、次のような要因があると思っている。
まず、UターンにしてもIターンにしても、当事者ご本人にとっては人生の重大な岐路である。とりわけ家族連れの場合、就職先はもちろんのこと、住まいや子育て環境、医療・福祉、教育水準、文化的充足度など暮らしのあらゆる側面が、決断に際してのボトルネックやハードルになり得る。人口定住対策が総合施策と言われる所以である。
当財団は、U・Iターン希望者一人ひとりの相談に応じる中で、おのずと情報提供の幅を広げていかざるを得ず、関係機関に応援を求め、連携を強化し、中には住まいや少子化対策のように当財団が一定の役割を担うことになる分野も出てきた。
また、実際に島根での暮らしを体験してみたいという声も強く、このようなニーズに応えるため「しまね暮らし体験ツアー」や「しまねの産業体験事業」をスタートさせた。産業体験には9年間で累計約1千人が参加し、その半数が県内に定着しており、当財団の「看板事業」の一つに育っている。
そして、Uターン・Iターンしてきた人たちから教わることになる。
「ないものを埋めようとする努力も必要。しかし、今あるものの良さ、貴重さに自ら気づいて、それをきちんと主張することがもっと大事。」
田舎の存在意義に関わる本質的な視点である。実際に、U・Iターン者が地域づくりの先頭に立って住民を牽引している事例は多い。定住対策の基本は、やはり地域が元気であることだと再認識させられる。このような考えから、当財団は、地域に誇りを持って地域の活性化に向けて自ら汗をかく住民グループに対する支援を、事業の大きな柱の一つとして据え直すことになる。
さらに、最近、古くて新しい課題がまた顕在化してきた。県内外の求人格差である。
全国的には景気は既に好転しており、有効求人倍率も全国0.97・県内0.75と大きな差が生じている。この傾向は、高校卒業予定者の求人に顕著に表われており、県内就職を希望する高校生が多数派を占めるにもかかわらず、県内の求人数はそれを満たすことができず、一方、県外からの求人数は希望者数を大きく上回る。このような内外格差は、高度経済成長期の大規模な人口流出の再来をも懸念させる。
しかしながら、我々が昨年行なった県内企業調査によれば、幅広い業種を通じて、中小零細企業も含め、潜在的な人材ニーズは相当数存在している。しかも、採用時に高いスキルを要求するのではなく、企業に入ってから成長してくれる素直な人材を求めている。そのような潜在的な人材ニーズを誰が丹念に掘り起こしていくのか。我々にもできることがあるのではないか。そんな問題意識から、昨年7月「ジョブカフェしまね」を開設した。
当財団は、こうした経緯から、今いわば翼を広げきった状態にある。しかし、足元を見つめ直すべき時期を迎えたようだ。当財団が作成した「平成16年度経営評価報告書」(当サイトで公開中)に対する島根県の評価調書に、次の記述がある。
「近年の急激な業務量の拡大により、現体制では事業マネジメントが困難になっていることから、効果的な業務推進に資する体制整備を早急に図る必要がある。」
役所特有の難解な文章だが、要するに、組織・人員体制の限界に達しようとしているのではないか、という警鐘だろう。
だれもが改革、改革と叫ぶ今日、我々だけが改革を避けて通ることは許されないと思う。ただし、大事なのは改革の中身だ。財団設立の原点を見つめ直しながら、これから我々が担うべき役割を、そして我々の針路を、しっかりと見定めていきたい。
財団設立から満13年を迎えた今日、そう決意を固める。

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