「ТPPと道州制」の憂い

 我が国文化の特質を語る時に、舶来文化を在来文化と融合させ、同化してきたことがあげられる。仏教が伝来した時には、守旧派との文化摩擦はあったものと想像するが、それまでの思想の排斥ではなく、古来の自然崇拝(アニミズム)と仏教文化をじっくりと絶妙に、高い精神文化に融合させてきた。神仏習合だ。「山川草木悉有仏性」が最も端的にそれを表現する言葉だと思う。
(万物に生命を感じ畏敬の念をもつこと 「草木国土悉皆成仏」など別な言い方もあり)
 明治の近代化にあっては、急速にかつ短期間に産業、軍事、生活の全てにわたって洋風化した。しかし、畳や食文化などの“良き伝統”は変えることなくしっかりと残した。
 仏教と同時期に伝来の漢字はその後、まるで原初からそうであったかの如くに同化させ記録手段としてのみではなく「言葉」として取り入れた。旧来の大和言葉を表現しては「訓読み」を、さらにはひらかな(万葉かな)を発明する。
 明治の西洋の物や文化、概念の導入にあっては、その漢字の「造語力」を遺憾なく発揮して翻訳語に置き換えた。今のカタカナ語の氾濫とはえらい違いだ。
 戦後の「民主主義」の導入はどうだったか?これまた急速かつ短期間だった。それは、軍国主義への反省や封建的な旧弊を排除する“絶対的な正しい制度”として「戦後民主主義教育」やマスコミを通じて浸透した。皮相的には、、、
しかし、近頃、民主主義とは一体何だったんだろうとしきりに思う。
 民主主義が正常に機能するためには、議論を深めれば深めるほど最終的には意見の一致、または一致には至らないまでも調整された結果、消極的容認を含めた合意に収束するという前提がある。その“幻想”があってはじめて成立する。数を恃む問答無用の多数決絶対主義ではない。
 前置きが長くなった。いま述べたいことは、ТPPと道州制である。
 両者とも利害関係が分かれており、議論を尽くしても妥協点は見いだせなく、最後は“民主的な多数決”に従い同じ轍を踏んで強行される懸念がある。
ТPPでは山陰両県の農業・農村には相当深刻な影響があろう。賛成派からは、農業の国際競争力や成功事例が強調されるが、「ゴルフを始めれば皆が石川遼や宮里藍になれる」類の詭弁だ。 経団連の会長は参加賛成の発言をするならば、それと同時に、経済界としても日本の農業・農村を守る意思を示すメッセージを強く発すべきである。
なぜならば、それが“美しい日本”たる我が国文化の基礎だからだ。それを求めるのは、「木に寄って魚を求めるが如くで、毛頭もそんな気はないか?
例外品目に米などがあげられ、「貿易立国だから、まあ時の流れでしょうがないか」程度の影響で済めばいいと、希望的観測に淡い期待を持つ。
 一方、道州制は違う。州都から離れた山陰は壊滅的ダメ―ジを受ける。中身の議論は全くなされていない現在では、どういう制度設計があるかは推測の域を出ない。ただし、最期まで中身の議論なしに強行される可能性がかなり高い。「一体、何が不都合で、道州制が導入されたらそれがどう改善されるのか、日本社会の統治構造や中央政府と自治体の関係はどうなっていくのか、地域社会はどう維持する設計か全くと言っていいほど説明がない(比山節男京都産業大教授 友人です)」。説明されるのは、地方行政の効率化が必要だ、経済活動は県を越え広域に行われている、規制緩和が必要だ、交通通信は発達したなど経済の視点に限られている。
推進論の立場からは、「議論すればするほど反対論が強くなるから一気呵成に法案を強行すべし」との意見がある。多数を占める政党がこぞって推進を掲げているので、国会での論議があったとしても、アリバイづくりのセレモニーにしか過ぎない可能性が高い。
何故に壊滅的な影響があるかといえば、道州制は道州集権だからだ。単に県庁がなくなり、地方行政が変わるだけではなく、地域の拠って立つ基盤や個性ある地域文化がなくなる。県社会福祉協議会も商工会議所連合会も○○会も県をエリアとする。時には意見対立もあるがこれらの各種団体は県との「協働関係」にある。その存在基盤が州単位となれば喪失する。出張での来訪者も激減する。地方新聞やテレビも報道すべきローカルニュースがないから基盤を失う。スポーツの県大会はどうする?国民体育大会のチーム編成は?スポーツや芸術活動、生活文化は共同体意識がなくなったら存立しない。衰退する。よって松江市などの社会経済活動は灯が消え、街は人気(ひとけ)のない“歴史文化遺産”となる。
 道州制では「おおむね30万から40万人の市で州を構成する」とある。島根は出雲・隠岐と石見、鳥取は因幡と伯耆でいい計算だ。市町村はさらなる合併が前提だ。益々「身近な行政」は遠のく。県行政はその市に一部を移行し、残りは広島かどこかの州都に収斂される。その州政府は住民からは遠い存在で「地方行政」とはいえず、「道州分権」であっても「地方分権」とはいえない。行政の広域化を言いながら、地方自治はほとんどの部分を30〜40万の人口規模の市が担うというのは矛盾している。出雲・隠岐と石見の2市を繋ぐ広域行政は、必要ならば事務組合か広域連合でやる。何のことはない、権限の薄くなった「県」があるのと同じことになる。町村会はそのことが判っているから反対を明確にしている。
第一、 南海トラフ大地震などの災害に備える強い国土づくりに逆行する。
阪神・淡路大震災の頃、「日本海国土軸」が議論されたときに、国土のリダンダンシー(冗長性 余分と思えるものによって危機に備える)の確保と聞きなれない言葉が喧伝された。その理念は何処にいった?
そして最も本質的な欠陥は、道州内で文化が均質化されせっかく各地に残された古来の文化が衰退することだ。行政の枠組みと様々な文化の枠組みは別個なものではない。州政府の画一的な学校教育がそれを一気に進める。教育効果が短期間に上がって怖い結果になることは隣国にも日本の過去にも例がある。反日教育世代、ハングル世代、軍国主義一色などだ。「ゆとり教育」も10年かからず弊害が生じたのではないか。地域個性を失うのに30年とはかかるまい。
この文化の衰退という指摘は、残念ながら行政法の権威ある学者の意見としては目にしない。是非、学研的な法律論ではない「地域振興論」としての視点から思考し発言して欲しいものだ。その視点で国家・民族の将来を思い、思考したら自ずから結論はノーのはずだ。(改憲、道州制、国軍などを一括推進する政党と同じ土俵に上がり、あえて国家・民族を出す)
道州制推進の立場は州都となる可能性の高い地域、都市的均一な地域だと言ってよかろう(大阪、京都、奈良、神戸の個性は都市力が強いから守られるかもしれない)。岡山などは、中四国州を掲げ州都を狙う魂胆だ。関西州は「後は野となれ、山となれ」で鳥取と徳島にはエールを送る。そうしたエゴであっても、関西や関西が自らのこととしてそれを選択するなら道州制に走ればいい。それが正解ならば何も邪魔だてするものでない。しかし、それは関西、関東にとっての正解であり山陰にとっては取り返しのつかない、回復不能な歴史的間違いとなる。
いやいや、文化談義は放棄して、この際条件付き賛成の立場に立ったらいかがかとも思う。岡山方式とでもいう「州都を松江にすることで賛成。そうでなかったら反対」だ。
総選挙では争点としなかった姑息な“選良”の多数決に従容と従い死を待つか、反対の烽火を上げるか、叶いもしないことでも、我が地に州都の立地を求めるか、さあどうする?


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