ラジオ体操と朝草刈り

 60年前のこと。小規模な水田と炭焼きを生業とする山村の生家は貧しかった。日本のみんなが貧しかった。貧しかったが不幸ではなかった。

 その時代の夏休みは朝のラジオ体操で一日がスタートした。
トランジスタラジオが普及していたから、小さな空き地に集合して「イチニサンシ、、、」。体操を終えて家に帰るころには、成人の男たちも朝草刈りから帰ってくる。朝露でビッショリ濡れた身体にその倍ほどもある刈った草を背負ってだ。
当時はほとんどの農家が牛を飼っていた。田起こしや代掻きのための役牛で、子牛を産ませる繁殖牛でもあった。その餌にする柴や茅などを山裾で刈ってくるのだ。夏場にはそれを厩(出雲では「まや」という)にそのまま投げ与えるのだった。

 柴や茅は、牛の体内を通って糞となり、食い残しの小枝とともに厩肥となって次の春には田の肥料となった。金銭的には報われないが、山村を守る労働と資源の循環がそこにはあった。

 早起きがあまり得意ではなかった父は、他人よりも少し遅れて出かけ、同じように朝露と汗でびっしょりになって帰ってきた。その姿を見て育ったのが、私の山村からの脱出願望となり、今に至る「農村に対する愛着と忌避」の二面性の下地ともなった。

 今は、牛を飼うため朝草刈りする農家はない。田の法面の草は資源的な価値は減って逆に厄介物になった。

 ラジオ体操も廃れた。朝早くからのラジオ体操はうるさいと反対があると聞く。私は2年前から冬の一時期を除いて続けている。主治医も推奨だが、ラジオから流れる「思い切り身体を動かしましょう!」はかえって肩や腰を痛めるから真に受けてはいけない。「無理のない範囲で。徐々に」が年配者の作法だ。

 シルバーの帰郷、移住や、農業・農村はカッコいいと思う若者の「田園回帰」が起きている。
若者のUIターンによって、集落の30代女性や子どもの数が島根県内随所で増加してきたのは朗報だ。たくさんの地域おこし協力隊も中山間地域に来て、定住を視野に地域資源に着目した起業を行なっているのもうれしい。
「田園回帰」は、藤山浩さん(今春島根県中山間地域研究センターを退職し。益田市に「持続可能な地域社会総合研究所」を開設)や小田切徳美明治大学教授が名づけた。

 田園回帰の良さには、子どもたちが朝からにぎやかに思い切りラジオ体操や虫取り、魚釣りが出来る子育て環境も挙げられる。そこには都市の豊かさはないが、自然の生命と生産、生活の「3つの生」の良好な生活空間がある。

 定住でよく使う「Iターン」は言語的にはおかしいが、ふるさと島根定住財団理事長・原 仁史さんがうまい定義を考えた。

「(都市から地方回帰で)い(I)きたいところにターンする」ことだ。   (諒)


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