権力は恐る恐る使え

 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
平家物語の出だしの名調子だ。

 これに「遠くの異朝をとぶらへば」と続くが、まさに今の唐土(もろこし)のありようも韓(から)の国も、王朝ドラマさながらで「たけき者」そのものだ。

 「近く本朝をうかがふに」、これまた然り。
忖度や調子に乗りすぎ、権力の濫用に事欠かない。「前太政大臣平朝臣清盛公と申しし人のありさま」は、悪しく言われるが明との交易を進めるなどの改革者で、悪者扱いは「印象操作の典型例」が当たっていよう。

 総選挙が終わった。唐突に「国難危機突破解散」と大ラッパが吹かれ、一時期は希望の党の設立で盛り上がりを見せたが急速にしぼみ、大勢は開票速報どころか投票日前の世論調査で分かってしまった。

 一体何を問う選挙だったのか?消費税の使途は自民党の党内議論も経ずしてのいきなりの表明だし、世論調査では賛否両論拮抗していたはずの安保法制も国家機密法も、北朝鮮ミサイルへの対応を掲げての多数議席の獲得で「信任された」となり、モリカケ問題での高級官僚たちの国民を愚弄する“木で鼻を括った答弁”も結局はうやむやにされよう。
終わってみたら「大山鳴動鼠一匹」の典型例で政界構図はあまり変わらなかったから、支持率では最大多数派の「支持政党なし」の心情には虚しさが残った。自民党が圧勝でも内閣支持率は低迷だというから「おごれる人」にならないほうが良かろう。

 「権力は恐る恐る使え」。宮沢喜一元総理が最初に言ったというこの理念に強く賛同する。為政者もリーダーもこれを肝に銘ずべきだ。

 私事になるが、役職にあった20年余の間、組織づくりに「明るくいきいきとした活力ある組織」を掲げた。個室に入ってからは、気軽にほうれんそう(報連相)に来やすい雰囲気づくりを心掛けたし、できるだけ直接の担当者が発言できるようにした。各課の執務室に出かけての雑談もかなりの頻度で行なった。そのことで組織の一体感が高まり、風通しも良くなって組織に活力が生まれたと確信している。「茶化す度胸に茶化される度量」はこれを象徴する雰囲気だ。

 「ほうれんそう」も過度な強制は、上ばかりを気にする管理統制型の組織管理につながり、自由闊達な議論の妨げとなるし、組織の柔軟な発想をもたらさない。
時には「俺は聞いていない」と言いたくなることがあってもそこはやせ我慢のしどころだ。「見ざる聞かざる言わざる」は、「時には見えても見なかったふり、聞いても聞こえなかったふり、言いたくても言わないこと」の戒めだという。

実るほど頭を垂れる稲穂かな。
これが大概の学校優等生的人物にはできないんだなあ。(諒)


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