悲しみを背負う人に心を痛める


「明るく、生き生きとした、活力ある職場(地域 組織など、、)」を信条とし、標榜してきた。また高杉晋作の「面白き こともなき世を 面白く 棲みなすものは 心なりけり」を気に入り、人生訓の一番にあげてきた。

それを実践したり、3回の手術後の回復が思うにまかせないときなどの心の拠りどころとしてきた。今、この言葉は、自らに一人言い聞かせるうちは、一向に差し支えないものの、公の場で使うことに躊躇を覚え始めている。その思いをさらに強くしたのが、東日本大震災である。未だ犠牲になられた方の人数も定かにならず、ましてや被災者の生活再建も、生業も、地域の復興もその緒にさえ着けない情況だ。亡くなった方やその親族、生活の基盤を失った被災者などの数を思うと先の言葉は空々しくナンセンスに聞こえる。

 「0からの出発ならまだましだ。マイナスからの展望のないこれからのスタートだ」との報道に返す言葉がない。

 数年前から気になっていたのは、痛ましい事件や事故、災害などの被害者、自ら死を選んだ人、若くして亡くなった人、そしてこれらの人の家族親族の数が毎日報道される数だけ累積されていく事実だ。さらには加害行為は憎むべきでも、科(とが)なく加害者の家族親族となってしまった不幸を負う人もいる。過失によって加害者となり悔い苦悩する人数も含まれよう。

こうした人口が国内でも、世界でも、年間発生数に年数を掛けた数となり、累積する。その悲しみは、簡単に癒えることがないのだ。戦争やテロリズム、虐殺、飢餓による犠牲もある。差別や不条理然り。

 どこに救いを求めるべきか、人類はこうした不幸をどう克服してきたかの答えを見いだせない、結論のえられない思考の中での今回の未曾有の大惨事である。精神の問題を扱う哲学や宗教は、過去から現在まで、こうしたことをどう認識し世界観や教義の体系に取り込んだかと歴史に思いを巡らしもする。

 「飢えた子にとって文学は何ができるか」とサルトルなどの実存主義文化人の問題提起が‘70年ごろにあった。文学、ひいては言語の力が、社会的救済や精神の救済に力を持ちうるのかという問題提起であった。この重い命題は、以降半世紀の間、脳裏に残存し、時折表面に浮き出てくる。 一方では、日常の平穏と冒頭に述べた信条を良しとし、願うことも一概に非難されることではなかろう。この統一した理念では括りにくい命題のアウフ・へーベン(止揚 矛盾するものを更に高い段階で統一し解決すること)の教えを得たいと思う。それは、結果的には精神の救いの教えでもあると思われる。

 悲しみを背負わされてしまった人たちの心が少しでも和らぎ、救いの光がほのかにでも見え、やがては瞬時でも笑顔が蘇ることを祈るばかりだ。


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