「坂の上の雲」と死生観(山陰経済ウイークリーH24.1.24からの転載)

 テレビ「坂の上の雲」は普段のバカバカしい番組と異なった見ごたえのあるドラマだった。特に奉天、203高地における激寒の中での戦闘から日本海海戦へと続く生死紙一重の激闘シーンは、テレビ映画のイメージを越えた迫力で、炬燵にはまりながら見ては悪い気がした。生き死にには敵も味方も正義も不正義もなく、また、勝つか負けるかには歴史の必然性はなく、時の運のほか、作戦や装備や兵糧などのいわば偶然性に依るところが大なることをあらためて認識した。

 初年度だけを見て他界した人、2年目までを見たが3年目は果たせなかった人がいる。大津波の多数の犠牲者もそうだ。身近にもいる。その死と、203高地から日本海海戦までの敵味方数万人の死。時と事情は違っても人間の生命の尊厳においてその死に違いはない。

 今日の我々は、「死」を日常性の外の措いてきたので、身近な人の死にあって初めて真剣に生死を意識する。明治から昭和へと続く戦争の時代には常に死が身近にあった。人は死と向き合うとき、いかに生きるかを深く考える。我々の死生観(人生観)は、そうした時代を生きた明治人の気骨と志の高さ、高潔さに学ぶとともに、当時の精神であった自然・生命にたいする謙虚さや畏敬の念にもっと基盤を置くべきだと思う。諸行無常。我々は、地球の長い歴史の中で生まれ死していく一個の生命体である。「私という生命体」を構成する元素は死してバラバラの元素となり、やがてはまた新しい生命の材料となるやもしれぬ物質の循環の“一時空”を生きるのである。

 ドラマで展開されたとおり、勝敗を決したのは、作戦や判断、天候、兵の資質や情報力、国際関係などに依るところ大であり、日本の勝利は時の運や偶然性にも要因があっつたとのこと。日本海海戦の勝利は、「対馬を通る」とした賭けともいえる判断や「丁字戦法の的中」のほか、弾薬や機関燃料の優劣、砲術の習熟度などの要因も左右したという。そして、この「偶然的な日本の勝利」が、その後の日本の進路を決定・規定し、近代化を進展させるとともに、帝国主義列強に伍しての朝鮮半島、中国大陸進出に始まり、半世紀後の太平洋戦争の遠因ともなった。 人や組織の判断、行為あるいは不作為は、その後の社会の有り様を規定する。人は時代情況に規定されて刹那を生き、時代のうねりにもまれながら思考し行動するが、反面、その当事者自身も歴史を織り成す。それが“大きな歴史”であっても“小さな歴史”であってもだ。

 戦後民主主義の時期に教育を受けた者として、自らも多少は聞きかじった唯物史観のイデオローグ。その呪縛から思考を解き放って、「歴史から学び、教訓を得」、自らや所属する組織の行為あるいは不作為によって社会の明日が決まることを自覚し、地域、日本、世界の「持続可能な再構築」を図っていかなければならないと思う。好きなことばに「その行為は歴史の審判に耐えられるか!」がある。


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