定住財団スタッフの日々のつぶやきをお届けします。

最近、スーパーに行くと「ああ、これもAIなんだろうな」と思うことが増えた。
商品の写真も、モデルの表情も、背景の雰囲気も、妙にきれいで、それらしい。でも、見慣れてくると不思議なくらい似ている。上手に作られているのに、なぜか記憶には残らない。
学生と話していても、レポートを書いたり、メールの文章を考えたりするのにAIを使うのは、もう当たり前らしい。便利になったなと思う一方で、30代のおじさんとしては、少し感じる部分もある。
だからなのか、最近は手書きのPOPに目が留まる。少し曲がった文字、妙に大きな字、書いた人のクセが残った文章。決してきれいではないけれど、そこには「誰かが手を動かした」という感じがある。
AIを否定したいわけではない。自分だって便利なものは使うし、これからも使っていくのだと思う。ただ、便利になればなるほど、あえてひと手間かけることに価値が出てくるのかもしれない。
効率化とは少し逆方向にあるものが、これから妙に人の心をつかむ。そんな流れが来るのではないでしょうか。
いや、いつだってそうか。大量生産が広がれば、今度は付加価値が求められる。自分が生きてきた、たかが30年ちょっとの間でも、それを繰り返しているように思う。
また一つ、大量生産の手法が変わっただけなのか。
そんなことに気づいた、今日この頃。
・・・ちなみに、この文章自体、AIにポイントだけ伝えて文章にしてもらったものです。
(ハレルヤ)