定住財団スタッフの日々のつぶやきをお届けします。

先週の土曜日、実家にあったグランドピアノが旅立ちました。以前ひとりごとにも載せましたが、祖母がピアノの先生をしていて、グランドピアノはその祖母の親友のような、家族のようなものでした。私も物心ついた頃からピアノに触れ、幼稚園に入るとピアノのおけいこが日常で、小学生になると遊びよりもピアノのおけいこ。遊びたいのにピアノの練習と宿題に追われ、嫌になることもしばしば。ピアノはすごく大きな存在でした。
ピアノが旅立つ日、きっと大きなピアノがなくなった部屋はすごく広く感じるんだろうなと思っていましたが…「あれ?」。あまり部屋は広く感じません。以前どこかで聞いたことがあります。人は心の中での存在が大きいと、実際よりも物が大きく見えてしまうと。
私にとってピアノはとても大きな存在、それは物体としての大きさ以上に、想いの大きな存在になっていたのかもしれません。周りからの期待、それに応えられるかの不安、葛藤、苦しみ、成果が出た時の喜び、家族の喜ぶ顔。
グランドピアノが旅立った3日後、私は歳をまた一つ重ねました。その次の日、梅雨が明けました。自分も周りも少しずつ変化しています。
そして今日は祖母の誕生日。このタイミングでひとりごと当番になった時、すぐに思い浮かびました、「ピアノ」のことが。
きっと心の中ではまだ大きな存在、だけど変化している日常。変わらないものはあるけれど、変わりゆくものもある。それが良いのか悪いのか、どちらでもないのか。ふと立ち止まって自分の想いを見つめたある夏の日のことでした。
(mo.)