スタッフのひとりごと

定住財団スタッフの日々のつぶやきをお届けします。

Diary

2026-05-22 記憶に残るお祝い

 今月頭に、母の喜寿のお祝いをした。

 本当は3月生まれなので、その月にできたらよかったが、うちも妹のところも(しかも双子)計3人が大学進学で、しかも県外に出るのでその準備でばたばただったので、少し遅らせて、一旦大学生活を1か月過ごし、連休初めにこの祝いのために帰省させる形とした。

元々は母親の弟である叔父から、「喜寿の祝いをやってあげてほしい。本人待っているから・・」とその前の古希の祝いをしてなかった不満を叔父に漏らしていたようだ。

 こちらもその為に盛大に祝ってあげようと、宍道湖が見える定番の某料亭で早々に予約を取り、大好きな花を集めて花束にしてもらい(物価高で見栄えがゴージャスに見えるくらいにするには予算よりも数千円オーバーに)、お店で用意してくれるという喜寿の時に着るという「紫のちゃんちゃんこ」をお願いして、いざ本番当日を迎えた。

 ここからだ。

 〇長女が急に体調を崩し欠席・・・

 〇天候は雨ではなかったが、どんよりと曇り空・・・

 〇部屋と外の気温差でガラスは曇り、宍道湖の景色がほとんど見えず・・・

 最初に花束を渡し、写真を撮る段取りをし、ちゃんちゃんこを着せた。

 写真をとってもらい、「おめでとう!!」と言って、いざ食事をとる段で、曇り顔な母から一言。

 「こんなんだったら、してもらわんほうがよかったわ・・」と・・・・・?

 その後の記憶は、途切れ途切れだが、美味しいはずの料理もあまり味わえなかった。

 気持ちを察してか、帰りは、かなりなどしゃ降りになっていた。

 連休後半は、そんな思いを引きづって、あまり楽しめずにいたが、連休明けにこの状況を人に話すと、照れ隠しでそんな言葉が出たんじゃない・・とのこと。

 年寄扱いしないで!というメッセージだったのか、実際はどうなのかわからないが、5月後半に入った現在でも、この発言の意図は聞けていない。

 いろんな意味で、記憶に残るお祝いとなった。

(雀)

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